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ネオ・マテリアルガールのすすめ

「どっちにもいける」いち女子のブログです。

趣味があう、あわない 【どっちにもいけない恋愛】

 
 
 
 

「同じところで感動できる人がいい」

という説がありますね。
 
 
自分も一年前ぐらいまではそう思っていました。
 
 
つまり、感性が似ているということで
選ぶものも好むものもかぶる部分が多くなるということですが
 
 
 
 
昨日おとといと王子を
岡村さんのライブに連れていったんですね。
 
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いままでもビルボードでのライブに
二回一緒に行ったことがあったんですけど、
 
やっぱり見てるところが全然違うわけなんです。
 
 
「やってたねやってたね、「ア〜」ってやってたねー!」
 
 
「そんなこと言ってたっけ?俺は、またあの動きやってんな〜ってニヤけた」
 
とかみあわないし
 
そうそうライブ中も、
目配せのタイミングがあわない。
 
 
 
 
それは悲しいことなのか…?
 
 
 
 
考えたわけです。
 
 
というのも
最近きっかけはありまして
 
 
ひょんなことから
自分の知り合いの彼氏と
わたしの王子の顔面が
割と似ていることが判明して
 
 
比較しちゃったわけです
 
 
 
知り合いたちはいわゆる
いまどきマガジンハウス男性誌的な
生活属性をもっているカップルで
 
 
 
わたしと王子は文化的な意味では
ぜんぜん共通項がないんです。
 
 
 
 
すくなくとも自分は
王子の持ってる文化背景に
染まるのはいやだと思っているほど。
 
 
 
それは自分の消し去りたい属性に
慣れることを許してしまうもので
 
たとえば、池袋や埼京線や西巣鴨や豊島区や安物の靴や統一性のない部屋や無教養で済む趣味、ムダな睡眠やタバコの匂いなど
 
 
「ちはるは俺に影響されたものいまんとこないよね」
 
と言われて
 
そうね…と
黙ってしまうような感じで
 
 
そうその分わたしがより活動的に好きな文化を
もっと知りながらつなげていきたいという気持ちになってるんですね。
 
 
というかそういう方向に動くことで鮮度がなりたっている
 
 
 
元連れのときのように
現状自分より文化的に豊かな人と一緒にいると
自分は無条件で情報にふれられる
運転しなくても運ばれていく
最終的に取捨選択するのは自分だけど
フォロワーになるだけで
新しい世界が流れてくる
 
 
 
そんな環境より大事なものがある
それは、やっぱり
その人間本体の性質と素材だと
 
 
思ったので
一緒にいることをやめたわけです
 
 
 
 
だからいまは
おー、趣向がちがうとこんな感じなのか、
と思いながらの日々です。
 
 
 
 
「俺はね、高校生や大学生の付き合いなら、
そりゃより趣味があった方がいいよ。
でもそうじゃなくてね、結婚したらを考えて、
ちはるがいいと思ってるんだよ。そういうのじゃないんだよ。」
 
 
「そういうのじゃないのか。ありがとう。」
 
 
 
 
 
自分はそういうのじゃない部分と、
そういうのな部分がまざってるのが今の付き合いだと思っていて
 
 
 
それはお互い自立していないからで
 
 
 
 
この人と結婚すると思う気持ちにしばられたら逆にダメになる年齢だと思うわけです
 
 
だから勉強しながら
ふたりとも答えをだしていくんだな
 
 
そう考えています
 
 
 
わたしは趣味をあわせるほうには価値をおいてないが
積極的に外れるのはいただけない
 
 
単に美意識の問題なんでしょう
 
 
 
 
 
 
いろんなことに気づく毎日です
 
 
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以上
 
どっちにもいけない恋愛(趣味があう、あわない編)
 
でした。