ネオ・マテリアルガールのすすめ

「どっちにもいける」いち女子のブログです。

27歳であること


こぶさたしております。
一人暮らしも2年と7ヶ月ほどになりました。
 
今、仕事 生活 趣味 性まで
本当に基盤がひっくり返っている最中にあって
 
きっかけは会社が吸収合併されることになり
2月末に会社都合退職することになったことで
それで
年末から今にかけてかなり
揺れていてピンチであり、
ピンチを切り抜けるためにこうして
ベットの上から書いています。
 
 
思考がめまぐるしくて本当に
心の重さも日ごとに変わったりして
 
 
そうありたい未来が思い描けなくなってしまって
だから動けない(本当になにもしないとさらに自分を許せなくなるので細々とルーティンは続ける)
と認識しています
 
 
 
ツイッターや転職サイトや会社(有給消化)
情報をシャットアウトして
 
 
それで、その向こうで
今まで結局気にしてこなかった肉体的加齢や
27歳としての社会的な体裁
そういった現実がずらりと
真姿で健在していて
カーテンを開けるのも憚られる
 
 
音楽がとまったら世界がとまってしまう
 
 
好きな男性たちや女の子たちは
みな優しく接してくれている
わたしをわたしと認識して、言葉をかけてくれて
 
東京の神様、お参りしている稲魂さまも
優しい言葉をくれました
 
そういう中で
 
精神的に生きたい
肉体的物理的やらなきゃいけないことがずらりと
巧妙にさけてきたそれらと今
向き合うときであって
 
今、つらいのは過去の思念の産物だとしたら
明るい未来を妄想すればいいだけのことで
 
その明るい未来ってやつが
現実に根付いたそれが今
ここ最近触れていた情報社会の中から
見出せていない、という感じです
 
あたたかいつながりの外側で
むしろあたたかく愛を交換していたいからこそ
傷つけられない
それ以外の社会に対して
 
前向きな気持ちとは
妄想とは
 
わたしは
薫くんと綴をもっとかっこよく描ければそれでよかったのに
 
社会と交わろうとしていろいろ余計なことを考えて
 
 
超次元のわたしは
ふわっとした黒髪を踊らせて
薫くんとつづに愛されてて くるくると可愛いおねえさんで
そう努力しなくても愛しあえるそんな家族と暮らしてて
平日は大好きな街で背の高いビルに囲まれた清潔な日の当たる場所で
しっかり自分の任されている仕事をこなして
周りの人を笑顔にして、そんな環境になって
それで18時半には退社をして、お土産なんかを買っていったり
待ち合わせして、そのまま映画を見にいったり、して
ふたりの作品作りをしながら
土日には好きな女の子や男の子と遊びに出かけたりもする
 
3ヶ月に一回くらい、海外旅行にいって
いろんな表情のふたりを撮ったり
わたしは無理なく幸せにいっしょに歳を重ねていく
 
 
ああ
 
 
娯楽は向かう現実へのエッセンス、創造へのエッセンス
その向かう現実のイメージがない限りは、シャブだ
手を動かさない創造は無意味
今は模写して訓練だけを続けてる
 
 
 
ねえ
 
 
フランク・シナトラが薄く流れるこの部屋は
やっぱり愛しているよ
ここが最後の砦だ
 
 
現実と超次元をつなぐこの部屋
 
 
いつもうまく立ち振る舞えないね
音楽にのってステップしているときはどこにもいなくて
頭の中の映像をみてる でもね
目の前の 景色 を愛せるんだよそのとき
 
現実に生きてて、この景色をみていてよかった、と思えるんだ
 
 
そうして出来上がった後に社会と接触する
ちゃんと笑ってお菓子を渡したりしてそうやってさどうでもいい話もできてって
愛であることを自負にして積み上げてきたのにね
 
 
 
ひとりで散歩をしたとき幸せになるのはさ
いつも誰かや環境をきちんと愛した自信があるその後
 
 
休みの日にひとりで散歩してしまうと限界がみえるんだ
現実の限界がね
映画の途中で我に返ってしまうそれと同じ
 
 
最近じゃ過呼吸のようになる
東京は愛しているけど、身を置く風景として
母を愛しているけど、個体として。
自分で自分の身(精神)を守らないと
いつまでたっても歳を取るのが怖いままになる
 
そうならないために
そんな生活を救うために
薫くんと綴と生きているのに
二人と生きることで
好きな人たちを愛して
そうすることで、現実生活を回しているのに
 
そんな生活、の部分が正しく機能しなくなってしまった
うわ滑る求人掲載
社会にみられることがこわくてそういう状況を避けてきたのに
社会的なものより大事な個体として生きることを考えて
生きているのにそのはずなのに
いざ個体として認識されないともっと遠ざけたくなる
そういう仕様で履歴書も生き方も積み重ねてきていないから
 
 
 
神託はちょくちょく降りてる
今は待てというメッセージ
身を持ちくずすなと
心正直に行い正しくと
 
正直ギリギリというかややアウトと思う
掃除洗濯など生活はできているが
社会的な部分はダメだと思う
最低だ
 
 
もう12時とっくにすぎたよ
つらつら書いてるけど
 
 
日本橋の映画館もしまってる
手と足を止めてしまえば本当にそれまで
洗濯物の匂いだけに癒されて
自分が描いた薫くんの顔と
 
ああ
 
 
信じているもの
大切にしているものは
わたしを守るもの
生きる理由
それが社会に負けそうになっていること
 
 
ずっと食べてる 心がぽっかりとしているから
どこにいても所在ないから
息を潜めて
目の前のパソコンと仕事
あるいは紙かキャンパスと作画に
突然咳を切ったように過呼吸(のような感じ実際じゃないと思う)になって
 
 
今日は朝それになって会社を休んだ
有給は後0.5日、2/28まで
 
失恋なんかじゃない
もっともっと根本的な
社会と自己について
だいぶまいっているね
 
 
音楽が止まると世界が止まる
今、の音楽を鳴らし続けなければならない
 
 
新しい社会に出会った時に
愛を配れる自分でありたいのに
そんな自分が作れない
なんでだ
 
 
やっぱ努力していないからで
努力していない自分のことをずっと嫌いだからだ
 
 
そうだね。
 
 
愛しているものを愛せなくなるのは
他人の中に自分を置いて比較して
どうすればいいか考え出してしまうから
他人に愛されないから
他人に愛される自分を作ることができないから
 
 
なんの意味もないのに
誰も気にしないのに
 
 
そういうのともう縁きる。
 
 
 
社交を愛しているのに社交は苦手だ
特に実力の比較みたいな場は仕事でも趣味でもいやだな
 
みな個々にそれぞれの愛に向かっている場がいいな
 
 
世界が続いていきますように
これからもしあわせでいられますように
 
 
また溢れたら書きます。